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Selfishly

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百年続く恋 p6

~~百年続く恋 P6

「大佐、諦めちゃ駄目だ!」
 言葉に力を籠めて、相手に伝える。
「鋼の?」
 驚くような表情を見せるロイに、エドワードは真剣に話す。
「大佐がそんだけ想っている人なら、諦めちゃ駄目だ。
 ちゃんと伝えて、好きになってもらえるよう頑張らないと!」
 ロイはぱちくりと目を瞬かせる。
「…伝える……」
「そうだよ! あんたは、ちょっと小煩い時とかもあるけど…いい奴だ。
 それは俺が保障する! あんたに好きだと思われて、迷惑なんて…そんな事は、
 絶対にないから」
 熱心に言い募るエドワードを、ロイはじっと見つめている。
 ロイが余りにじっと自分を凝視しているから、思わず少し気圧されてしまいそうになるが、
 エドワードは必死になって伝えようと頑張る。
「あ、諦めたら、そこで終わりになるんだぜ? そうしたら、もしかしたら相手に
 好きになって貰える可能性だって消えちゃうだろ?
 なら、頑張らないと! 諦めない先には、あんたが思ってない未来もあるかも知んないんだぜ!」
 エドワードの熱弁に、ロイは困ったような表情で思案している。
 そして俯かせていた視線を上げ、見守り続けるエドワードの目と合わせると。
「―― 告げてしまえば、今の関係が壊れたとしても?」
 そう静かに返される。
 そのロイの言葉には、さすがのエドワードも黙り込む。
 そんなエドワードに、ロイは追い討ちを掛けるように語り続ける。
「… 私とその人とは、元々は余り仲良くいっていたとは言えない関係だった。
 ―― それが時間をかけて少しずつ、少しずつ仲良くなれてね。
 ……… 私は、その時間をとても大切にしたいと思ってるんだ。
 今、その時間を失うのと引き換えに告げてしまうのは………。
 私には怖くて出来そうも無い」
 そのロイの言葉には、エドワードの想像出来ない程の想いの重さが感じられる。
 打ちひしがれながらも、エドワードは聞く。
「…そんなに好きなのに、諦め切れるのかよ…?」
 エドワードのその言葉に、ロイは瞼を固く閉じ首を横に振ってみせる。
「…いいや、無理だろう。それに、―― 想いを持ち続けるのは諦める気はない」
 そのロイの言葉に、エドワードは茫然となる。
「……… じゃあ、ずっと好きなまま?」
「ああ。多分、ずっと思い続けるだろう」
「そ、そんなに苦しそうなのに?」
「そうだな…。それでも、この気持ちを忘れるよりは、遥かに私には幸せなことなんだ」
 そう語るロイの表情は、切なそうなのに酷く満ち足りている。
 
 ―― ど、どうしたら良いんだよ…。――
 
 込上げてくる悲しみは、エドワードの感情を千々に乱れさす。
 大佐には幸せになって欲しいという願い。
 が、ロイが想い続ける限り、自分の思いは届く事もない。
 彼がこれ程想う相手に、自分如き太刀打ちできるはずはない。

 誠実な心と、醜い心。
 願いと祈り。
 でもと考え、どうしてと嘆く。
 何故? でも… 駄目だ どうして?
 思考と感情は、ぐるぐると混ざり合い、エドワードの感情を掻き乱す。

 エドワードは汗が滲み始めた手の平を、何度も何度も開いては握り締め。
 必死になって、自分の中で荒れ狂う葛藤と闘う。


 そして次に視線を上げてロイを見た時には、エドワードの瞳には澄んだ輝きが戻っていた。

「大佐…、やっぱり駄目だよ、諦めちゃ」
「鋼の…」
 辛さに堪えながら、エドワードは訥々と語る。
「今のままで良いなんて、それは嘘だ。だって、そう言ってる大佐は、凄く辛そうじゃないか。
 伝えても伝えなくても、そんなに苦しむなら、ちゃんと言わなきゃ。
 大佐は勝手に、関係が壊れるとか思い込んでるけど、俺は…大佐が選んだ
 …そんなに好きになった人が、それ程度の人間だとは思えない。
 ――確かに、好きになってもらえるかは別だと思うけど…、伝えもしない内に、
 決め付けて尻込みするなんて、間違ってると思う」
 ロイは何も返さすに、黙ってエドワードの話に聞き入っている。
「もしかしたら、その人と幸せになる未来だって掴めるのかも知れないじゃないか。
 それを否定してしまうのは、相手の未来も壊す事になるんだぜ? 
 あんたが選んで、それだけ好きになった相手だ。
 もっと信じてやれよ」
 そう告げるのが限界だった…。
 抑えていた思いが、悲しみに耐え切れずに溢れていく。
 エドワードは、ここまで頑張った自分を褒めてやるように、流れ出す思いを許してやる。


「鋼の………」
 ポロポロと小さな雫を溢れ出させたエドワードに、ロイは驚かされる。
 笑った顔も怒った顔も、馴染みが深い。
 そして――悲しみに彩られた彼の顔も知っている。
 が、泣き顔は滅多に見れない相手だったから…。


 ロイの語る話に、エドワードは誠実に答えてくれようと頑張ってくれていた。
 それが嬉しくもあり、辛くもある。
 知らずに浮かぶ失望感は、仕方が無いことだろう。
 何故なら、ロイの恋愛を、慕う相手に励まされているのだから…。
 それでも、こうして相手には気づかれないままでも、ロイの中で育てていた想いを
 伝えられたのだから、自分はそれで満足しなくてはならないのだ。
 
 そう諦めていたというのに………。

 ロイは目の前で声も出さずに泣いているエドワードに、そっと手を伸ばして頭を撫でてやる。
「君が泣く事は無い」
 優しい少年が、ロイの思いに共感して泣いてくれているのだろう。
 が、嘆く必要はないのだ。これはロイが勝手に話したことで、エドワードには責任も無ければ、
 同情してもらうほど不幸せでもないのだから。
 そう思って頭を撫でているロイの手を跳ね付ける様に、エドワードは首を振る。
「ち…違う。こ、これは別に、あんたの為に泣いてるんじゃない……」
「? 同情してくれてるんだろ?」
「馬鹿やろう! 何で俺があんたに同情しなくちゃいけないんだよ!」
 真っ赤な目をして、自分を睨みつけてくる相手に、ロイは困惑する。
「―― じゃあ一体、何故…?」
 この状況で泣いているとしたら、自分の話意外には思いつかない。
 困り果てたロイの問いに、エドワードは更にきつい目をして睨むようにロイを見つめる。
「俺は、俺の為に泣いてるんだ!」
「……… 君の為に?」
 エドワードの返事は更にロイの困惑を深くする。
「そうだよ! あんたみたいな臆病者の所為で、俺の我慢が台無しにされるかと思うと、
 腹が立って、悔しくて…! だから、泣いてんだ!!」
 啖呵をきるエドワードに唖然としながら。
「臆病者…とは」
 不機嫌そうに表情を歪めるロイに構わず、エドワードの罵倒は続く。
「そうだろ? あんたは臆病になってるだけだ!
 駄目になるから、迷惑になるからって、都合のいい理由を見つけては、失敗怖さに
 行動しないだけじゃないか。
 そんなの…そんなあんたの気持ちは、その人に失礼だろ!
 自分が出来ないからって、相手まで貶めるのは…!」
「黙れ!」
 ロイはエドワードの言葉を遮るように、怒鳴る。
 
 もういい! もう十分だ! 
 自分の気持ちを知らずに言われる正義感溢れる言葉なぞ、もう聞きたくもない。
 自分はただ…知っておいて欲しかっただけだ…。
 なにも、エドワードに自分の恋心を励ましてもらいたくなどない。
 ―― 誰に言われても、エドワードだけには…絶対に!

 今のエドワードの優しさは、ロイには残酷すぎる。

 ロイは荒立てた呼吸を落ち着けると、怒鳴った事に対して、エドワードに謝ろうと
 顔を向ける。
 と、エドワードはくしゃくしゃに顔を歪めてロイを凝視している。
「すまない…怒鳴ったりして…」
 視線に耐え切れずに、ロイは顔を背けてそれだけ告げるのが精一杯だ。
 感情が酷く波立っているのを自分でも感じる。このままこの話を続けていけば、
 自分がどんな言葉を、どんな行動を取ってしまうか判らない。そうなる前に、
 終わらせなくては…。

 そう行き着いて、ロイはエドワードを帰そうと考える。
 もうこれ以上ここに彼が居ては、自分の衝動を抑えれるかは自信がない。

 ロイは疲れ切った面持ちで、エドワードに話しかけようと視線を戻す。
「鋼の」
 そう呼びかけると、エドワードは瞬間ビクリと身体を揺らと、定まらない焦点を
 ロイに合わして、小さく呟くように話してくる。
「ご、ごめん…俺、酷い事、言って…」
 そのエドワードの謝罪にロイは小さく首を横に振る。
「いいや…君が言った事は間違って無い。それに…、君が私の事を真剣に思っての
 事だとも――判っている。だから…」
 もう今日は帰りなさいと続けようと思っていた。
「ち…違う……、俺は、俺は―――――― 自分の事ばかり考えてっ!」
 吐き出すように言って、エドワードは手で顔を覆って伏せてしまう。
「鋼の…… どうしたんだ?」
 様子の変わったエドワードが心配になって、ロイは窺うように声を掛ける。
「…ごめん……ごめんなさい」
「鋼の?」
 嗚咽と一緒に零れる謝罪の言葉は、くぐもって聞こえにくい。
 自分に向けられている筈の言葉なのに、妙に遠くに思えるのはどうしてなのだろうか?
 そんな風に思いながらも、ロイは立ち上がりエドワードの横に座り直すと、
 泣いて蹲るようにしているエドワードをあやすように肩を抱いてやる。
「そんなに泣かなくて良い。君が悪いわけじゃない」
 そう告げるのにも、エドワードは顔を伏せたまま首を横に振る。
「……俺は、自分が辛いからって…あんたに八つ当たりして…。
 あんたが好きな人に……嫉妬して酷い言葉…言って……。
 ごめんなさい…ごめんなさい………」
 後悔を言い募るエドワードの言葉に、肩を撫でていたロイの手が思わず止まる。
 そして、伏せて泣いているエドワードをじっと凝視する。

 ―― 彼は…今、何と言った? 
     八つ当たり…彼が、私に? 
     いや、そんな事はどうでもいい。
    
     嫉妬……誰が誰に? 何故?
     彼が…、エドワードが、私が好きだと言った相手に?
     嫉妬して……? ――

 ロイはエドワードに回していた手に、知らず知らず力が籠もる。
 そして、痛みに顔を上げたエドワードの隙を突いて、両肩を押さえつけるようにして掴みこむ。
「鋼の…、もう一度言ってくれ。君は誰に嫉妬したと言うんだ? 
 なら、何故? どうして?」
 強い力で肩を揺さぶられ、矢継ぎ早に質問される言葉の強さに、怒られたと思ったのか、
 視線を伏せて謝ってくる。
「…… ごめん…なさい。―― 俺は、醜くて…汚い……」
 自分を蔑むエドワードに、ロイは逸る感情を抑えつつ否定してやる。
「そんなことはない! 君は私が知っている中で、一番純粋で綺麗な人間だ。
 私はそんな君が大好きなんだ。
 言ってくれ、鋼の! 君が誰に嫉妬して、何故そんな気持ちになったのか!」
 ロイの言葉が余程予想外だったのか、エドワードは大きな目を更に丸くしてロイを
 見返してくる。
「…醜くない? 俺、あんたが大切に思ってる人に…その人が羨ましくて、
 腹たって…嫉妬してたんだぜ…? そんな奴、嫌じゃないか。
 あんたが真剣に話してくれてる間も、俺は酷い事ばかり考えてた。
 ――― 失敗すれば良いとか…思ってたんだ…。
 そしたら、俺のこの気持ちだって…あんたを好きなことだって、耐えなくても良いだろ…って。

 でも、でも! あんたが辛そうなのは嫌だったんだ。
 だから、俺が我慢してでも…あんたが、その人としあわ」
 エドワードの言葉を最後まで言わせずに、ロイはエドワードの唇を奪う。
 始めてのエドワードの唇は、涙で塩辛かった。
 それでも、それはロイが知っている中でも、最高の喜びを味わわせてくれる。
 暫しの間その喜びに浸り、ロイはそっと離れて、エドワードの顔を見つめる。
 エドワードはと言うと…驚き固まっていた。
 そんな様子も可愛いとばかりに、ロイはもう一度触れるだけのキスをする。
 チュッと小さな音をたててキスをしてやれば、眠りから覚めたようにエドワードは
 何回も瞬きし、口をぱくぱくと動かし、どんどんと顔を真っ赤に赤らめさせていく。
 忙しなく変わるそんな表情も、ロイは愛しそうにじっと眺め続ける。

「鋼の…いや、エドワード。さっき私が話していた思い人とは、君の事なんだ」
 そう喜びの滲む声で告げてやれば、エドワードは茫然とした表情でロイを見つめてくる。
 その顔の至る所に口付けを落としながら、ロイは嬉しさを抑え切れない声で
 エドワードに告白し続ける。
「良かった…本当に良かったよ。私が間違っていた。やはり、君が正しい。
 そうだ、諦めなければ君にこんな事も出来るんだな…」
 最後にもう一度、エドワードの唇に口付け、ロイはエドワードを引寄せて、
 力一杯抱きしめる。
 
 エドワードを抱きしめることは何十回と夢でしてきた。
 が、温もりを、彼の匂いを感じれたのは今日が初めてだ。
 一緒に寝た時に感じた心地良さも変わらず。そして、今はそれ以上の幸福感に酔う。
「君が好きだ。愛してるんだ、エドワード」
 やっと彼に向かって、伝えられた。
 頑丈に蓋をして、閉じ込めてしまう筈だった思いを開いたのは、自分より数倍賢く
 、優しく強い少年だった。

 エドワードが言ったとおりだったと思う。
 ―― 自分が選んだ相手を信じろと ――


「エドワード?」
 固まったまま動かなくなったエドワードを心配して、ロイはそう呼びかけてみる。
 そうすると、僅かに口元が綻んだかと思うと。
「えっ? ええーーーーー!? 」
 と叫んで、急におろおろと慌て出した。
 じたばたと暴れては、自分の腕から逃げ出そうとする少年を、ロイが逃がすはずも無い。
「こら! 暴れるな。落ち着いて、エドワード。落ち着いて、ドウドウ」
 笑いながらそんな風に宥めると、腕の中からは彼らしい反発が返ってくる。
「俺は馬か!」
 憤慨して顔を膨らませるエドワードに、ロイは首を横に振って返す。
「まさか! 君を馬になど例えれないよ。―― 君は私の大切な…恋人だ」
 そう微笑んで告げてやると、エドワードは更に、これ以上無理なほど顔を赤らめて、
 ロイを睨みつけてくる。
「……… いつから恋人になったんだよ」
「たった今から」
 間髪入れないロイの答えに、エドワードは唖然と口を開けて見つめてくる。
「君が言ったんだろ? 諦めないで伝えれば、二人で幸せになる未来も見れると……。
 本当にその通りだったな。
 君を…、エドワード。――好きになって、良かった…」
 ロイは胸の中を満たす感動に震えが止まらない。
 この少年は、いつでも自分を突き動かし、揺り動かす。
 驚きや、喜び、辛さや悲しみも、ロイを大きく変えていく。
 そんな相手に出会えた事は、ロイにとっては信じられない神の気まぐれだ。
 自分には、そんな人も、そんな未来が来るとも信じられずにきた。
 沢山の…多くのものを失い過ぎて…、耐え続けていたせいで、何も、
 自分さえ見失っていた、ロイに…。
 彼は、取り戻してくれた。
 未来を歩き続ける、自分自身を。
 ロイ・マスタングという存在を。

 感動は衝動に炎を付ける。
 焚きつけられた衝動は、抑えられ続けた分、勢い良く広がって行く。

 「…たい……さ」
 途切れ途切れに呼ばれた声で、ロイは自分がまたエドワードに口付けていたことを知る。
 先程までの触れるだけの口付けとは違って、口内まで暴かれる口付けに、
 エドワードが苦しげに眉を寄せて訴えてくる。
 それでも……。理性では駄目だと判っているのに、身体は溢れかえる興奮に突き動かされて
 歯止めが利かなくなっていく。

 初めて味わうエドワードの舌は、柔らかく甘い。
 ロイは我を忘れて、その舌を味わおうと撫で、巻きつけて、自分の中へと取り込むと、 やわやわと噛みしだく。
 初めての感覚に戸惑いながら、身体を戦慄かせているエドワードが
 潤ませた瞳でロイを見上げてくる。
 そんなエドワードの風情に、ロイの中にあった何かが崩れる。

 気づいた時には、エドワードを抱き上げて歩き出していた。
「た…大佐っ?」
 驚きと怯えを混ぜたエドワードの呼びかけに、ロイは出来るけ怯えさせないようにと、優しく告げる。
「…… もう少しだけ、二人の先へと進んでみよう」
 あらん限りの優しさで言葉に潜む欲を包み、ロイは優しく甘く微笑んでやる。
 ロイの言葉の意味も理解出来てないエドワードは、不思議そうな表情で小さく頷き返す。
 ロイはそれに口元を綻ばせて、エドワードの額に口付ける。





 エドワードがロイの言葉の意味を理解したのは、それからもう暫くの時刻が過ぎてからだった。
 
 

 
 
 

 





  ・・・・・ 【 誓いの言葉 】 ・・・・・ act 5



 そんな始まりでスタートした彼らの関係は、ある意味順調で、ある意味波乱万丈でもあった。
 つまるところ、厭きるとは無縁の関係を続けていく。

 エドワードは旅を繰り返し、なかなかロイの処へと戻ってこず。
 それに拗ねたロイが、強引な手段で呼び戻したり。
 呼び戻されたエドワードが切れて、喧嘩になったり。
 エドワードの旅で知り合った人々に、つまらぬ嫉妬心を燃やすロイに呆れたり困らせられたり。
 エドワードのロイの過去の行いの悪さへの疑惑が晴れないで、言い合いになる事もしばしば。

 それでも、時が経てば二人は時間の許す限り互いの傍に居た。
 好きだという気持ちを、愛しているという感情を隠さないロイは、常にエドワードに
 言葉で、行動で伝える努力を怠らず。
 エドワードは、伝えることが下手な自分に出来る精一杯で、ロイがくれる言葉に
 返して行こうとしてくれる。

 それで十分、幸せな二人だった。




 *****


「しかし…、イベント事を一度も経験しないと言うのも、問題じゃないか?」
 急に言い出したロイの言葉に、寝そべりながらソファーで本を読んでいたエドワードが、
 怪訝そうに顔を上げる。
「…何が?」
「私達だよ、私達」
「俺ら?」
 起き上がって座りなおしたエドワードに、ロイは大きく頷く。
「恋人なら、もう少しイベント毎に盛り上がりとかがあっても、良いと思わないか?」
「盛り上がり? ―― 何、なら今は盛り下がってんのか、あんた?」
 急に声のトーンが下がったエドワードに言葉に、ロイは慌てて首を横に振る。
「そんな事は断じて無い! 昨日より今日、さっきより今。君を好きになる度合いは
 加速的に増え続けている」
 そんな事を言い切るロイに、エドワードは呆れた視線を向けるが、
 ロイが気にするような素振りは無い。
 事実、ロイの言葉は本心なので、堂々としたものだ。
「で、急にどうしたんだよ?」
 こういう前置きがある時は、何か計画がある時が多いから、エドワードも取り合えず、
 話だけは聞いてやろうという姿勢を見せる。
 そのエドワードの様子に気を良くしたロイが話し出す。
「私達が付き合い始めて、そろそろ二年は過ぎようとしているだろ?」
 改めてそう言われれば、もうそれ位経っているのに気づく。
「…そう言えば、それ位かな?」
 結構強引な展開で始まったとはいえ、それを受けて続けているのだから、文句は言えない。
「2年と言えば、その間に君は2歳歳を取ったわけだ」
 回りくどい話し口調に、エドワードは眉を顰めて言い返す。
「それを言うなら、あんたも同様にとうとう」
「私の事は、言わなくていい!」
 歳の離れた恋人を持つせいか、ロイは少々年齢の話には敏感な反応を見せるようになった。
「じゃあ、一体何だって言うんだよ?」
 面倒くさそうなエドワードの問いかけに、ロイは気を取り直して話し続ける。
「だから…一度位は、一緒に祝い事をしてみたいと…」
「――― 祝い事…」
「そう。何でもいいんだ。君の誕生日や、恋人の日や神様の日。新年を祝うのも素敵だし…。
 離れて祝い合うのが悪いとは言わないが、たまには一緒にそんな日を過ごしてみたいと思わないか?」
 そう聞かれて、エドワードは危うく『思わない』と即答しそうになった。
 
 別にエドワードは、特別な日を祝わなくても、二人が仲良く過ごせる日があれば、
 それで良いと思っている。
 そんな日が続く事以上に、良いことなんて思いつかない。
 が、ロイはもともとマメな性質だったから、そういう事もしたいのかも知れない。
 面倒だな…と思いはするが、ロイがそう望むのなら付き合う位は、別に嫌ではない程度には、
 彼の事が好きなエドワードだった。

「別に良いけど…」
「そうかい! じゃあ、早速君が帰っているこの期間にでも」
 嬉しそうに計画を練り始める相手に、エドワードもつられて考えてみる。
「ん―――、そんなに近場で祝い事するような日って、あったっけ?
 俺の誕生日はもう過ぎたし、世間のイベントも終わってる。
 となると、次は……… あんたの誕生日だな」
 そのエドワードの言葉に、ロイは嬉しく無さそうな表情を浮かべる。
「……私のは、したくない」
 ロイのそんな子供じみた態度に、エドワードは思わず噴出してしまう。
「いいじゃん。―― 俺も一度、あんたの誕生日を祝ってやりたいしさ。
 俺のやつの予行練習と思えばいいんじゃない?」
「君の誕生日の予行練習か…」
 その提案には心惹かれたらしい。
「そうしようぜ。それで次には盛大に俺の誕生日を祝ってくれよ」
 エドワードが明るくそう言えば、ロイも嬉しそうに笑って頷く。
「そうだな…よし、君の時は楽しみにしていたまえ」
 
 その後、ああでもない、こうでもない。これがしたい、それも良いと二人で相談をし合う。
 そんな時間を過ごしていると、それが結構楽しい事だとエドワードも気づく。
 普段はなかなか計画が立てれない二人だったから、改めて計画を立てて行動するとなると、
 結構色々な事が出来るものだ。


「大体のところは決まったな。じゃあ後はその日までに互いの都合を付けておけるように
 気をつけようぜ」
「ああ。君も遠くに行き過ぎて、帰って来れないなんて言うのは無しだぞ」
 念を押してくるロイに、エドワードも負けずに言い返してやる。
「それを言うなら、あんたも仕事溜め過ぎて、遅刻なんかするなよな。
 1分でも遅れたら、見捨てて帰るからな」
「…判った。善処しよう」
 真剣な表情で頷くロイに、エドワードは笑いながら口付けをしてやる。







 *****

 少しだけ先のその日を楽しみに、二人は自分達の日常へと戻っていく。
 エドワードは弟と旅を続け、ロイは副官に睨まれない様にと仕事をこなす。
 






 二人の始めてのイベントdayは、もう目前にまでやってきていた。








 *****

「じゃあ、僕は先にセントラルに行ってるよ」
「ああ。俺も用事が片付き次第、そっちに向かう」
 イーストシティーの駅のホームで、エドワードは列車から降り、アルフォンスは
 乗ったまま会話を交わす。
「いいよ、慌てなくても。大佐とゆっくりと過ごしてきたら」
 からかい混じりのアルフォンスの言葉に、エドワードはむきになって言い返す。
「べ、別にそんな対した事しないし!」
「はいはい。そんなに照れなくていいから」
「アルー!」
 どうにもませているのは弟の方らしく、エドワードがロイと付き合うのを
 打ち明けてからと言うもの、こうやってからかってくるのだ。
「でも兄さん。予定より早いんじゃないの、時間?」
 待ち合わせは大佐の仕事の終わりに合わせていると聞いていたから、
 昼過ぎのこの時間では、早すぎるだろう。
「んー、まぁ別にいいよ。その分、何か新しいのが入ってないか、資料室でも見せてもらうしさ」
「そうだね。じゃあ、あんまり集中しすぎて、時間に遅刻しないようにね」
「判ってる!」
 エドワードの返答に、アルフォンスは笑いながら手を振って列車の中に戻っていく。座席に座ったアルフォンスを見届けてから、エドワードも軽く手を振り替えして、ホームから歩き出す。
 



 エドワードがアルフォンスにロイとの付き合いを打ち明けた時、アルフォンスは
 少し驚いたようだったが、別に反対する事もなかった。
「兄さんが選んだ人だから、僕は気にしないよ」
 そう言ってくれたアルフォンスの言葉を、エドワードは感謝の念と共に忘れないでいる。
 本当は…、戸惑いも大きかっただろう。
 アルフォンスは素直にロイに感謝し、尊敬もしていたから、そんな相手が
 いきなり自分の兄と付き合う事になったと言われれば、悩むなと言われても
 難しいはずだ。
 それでも、アルフォンスは快く認めてくれた。
 それがエドワードには何よりの励ましになったのは言うまでも無い。
 深い罪悪感を持ち続けているエドワードは、もしアルフォンスが反対するなら、
 どんなに相手が好きであっても。自分が辛くとも、諦める道を選んだはずだ。
 アルフォンスを元に戻す事。
 それがエドワードの中の優先順位の第一番で、絶対だ。
 
 ―― アルフォンスもそれが判っていたからこそ、反対しなかったのかも知れない…。











 そんな事を考えながら改札を抜けると、手近にあった電話BOXに入って電話を掛ける。
 約束はしたとは言え、相手は忙しい身だ。何か不慮の事が起こっていないとも限らないからだ。
 昨夜電話した時には、絶対に大丈夫だと豪語していたが、さて今はどうなっているのだろうか。

 短いコールで出てきた相手は、昨夜と変わらぬ様子で話し出してきた。
『はい、マスタングだが』
 直通回線の気安さからか、やや砕けた感じに聞こえる。
「大佐、俺」
『ああ、エドワードか。今から列車に乗るのかい?』
 弾むような口調に、どうやら仕事は順調に進んでいる事が感じられる。
 それに名前で呼んでくるところを思えば、周囲には人が居ないのだろう。
「それが、もうイーストに着いてんだ」
『それは、いやに早いな?』
 エドワードの言葉に少々驚いたようだが、困っている風でもなく、素直に喜んでくれている。
「うん。で、時間まで資料室見せてもらおうかと思ってるんだけど」
『ああ、それは構わないよ。鍵は手配しておこう。…が、時間に遅れないように気を
 つけてくれ給えよ』
 アルフォンスと同様の懸念を伝えてくるロイに、エドワードは苦笑するしかない。
「大丈夫だって。ってか、司令部に行くのに、やっぱ外で待ち合わせするのか?」
 今日の計画では、ロイの提案でベタな広場の噴水前で、待ち合わせの予定になっていたのだ。
『それがデートの醍醐味じゃないか』
 力説してくるロイの言葉に、ふ~んと曖昧な返答を返すに留める。
『それも勿論理由なんだが…。ちょっと、今こちらにお偉いさんが来ててね。そのお供で
 出掛けなくてはならなくなったから、私は今から司令部を出るんだ』
 そのロイの言葉に、少しだけ残念に思うが、それ以上気にかかった事はと言うと。
「……… 大丈夫なのか、あんた?」
 エドワードの気懸かりを、ロイはあっさりと消してくれる。
『ああ。全然問題ない。夕刻には戻る予定の方だから、私が付き合うのはそれまでだ』
「なら良いけど…」
 安堵が心を占めるが、意地っ張りなエドワードがそれを素直に伝えれることはない。
『楽しみにしてくれていた?』
 が、そんなことは百も承知のロイが、笑いながら訊いてくる。
 ぐっ…と言葉に詰まるエドワードを急かす事も責める響きも無く、ロイは言葉を続ける。
『私は、凄く楽しみにしていたよ。…早く君に逢いたい』
 エドワードだけに聞かせるように囁かれた言葉に、エドワードは思わず赤面してしまう。そして、少しだけ素直になって。
「……… 俺も」
 と小さな小さな声で返したのだった。







「大佐。お車の用意が…」
 入って来た中尉が、電話中のロイを見て。思わず言葉を止める。
「ああ、大丈夫だ中尉。もう切るところだったから」
 そう告げて、ロイは立ち上がって外出の準備をする。
 連れだって歩きながら、ロイはホークアイに話しかける。
「しかし…。一体何故、急にお越しなのかね、あの御仁は?」
 君は知らないかと問われて、ホークアイは無言で首を横に振る。
「そうか。しかし傍迷惑な。仕事を前倒しに進めていなかったら、危なかったな」
 やれやれと肩を竦めるこの上司が、今日の勤務後から明日に掛けて休みを申請している事は、
 ホークアイも知っている。
 ―― 多分、その休みの理由も…判る気がする。

「そうだ。もうじき鋼のがこちらに着く。資料室の鍵を用意してやってくれ」
 そのロイの言葉に、ホークアイは心の中で『やはり』と呟く。
「判りました」
 その彼女の言葉に頷いて、ふと思いついたように頼みごとを口にしてくる。
「で頼んでおきたいんだが、その部屋の使用時間は、そうだな…18時30分までと
 伝えてくれ。で、鍵を返しに来ない場合は、その時間になったら君が取りに行って
 やってくれないか?」
 そのロイの細かい指示にも、ホークアイは問い返す事無く「判りました」とだけ返答する。
 その彼女の言葉に、ロイはほっとした明るい表情で頷くと、前方で自分に手を翳している相手に会釈をしてみせる。



 *****

「ちはー!」
 ロイの言葉通り表れたエドワードに、皆が賑やかな挨拶を返し合い、しばらく話を
 交わした後、ホークアイから資料室の鍵を受け取り部屋を出て行く。
「待って、エドワード君。私もそちらに用事があるから、一緒に行きましょう」
 慕っているホークアイの言葉に、エドワードも快く頷いて、二人して色々と近況を話しながら、
 資料室の扉を開けて入る。

 パタンと締め切られた扉の中、一緒に入ったホークアイに、エドワードは気遣いをみせる。
「中尉、何を探すんだ? 良ければ、俺も手伝おうか?」
 そう尋ねながら笑うエドワードに、ホークアイは目を細める。
「エドワード君は、本当に良い子よね」
「中尉?」
 いつもと様子が違うホークアイに、エドワードは怪訝そうな表情を向ける。
「エドワード君、あなたに聞きたい事があるの」
 改まって言われた言葉に、エドワードは何だろうと首を捻る。
「俺に? なに?」
 じっと自分に向けられる信頼の籠もった眼差しに、ホークアイは一瞬、逡巡した様子を
 見せるが、視線を真っ直ぐにエドワードを見て話し出す。
「エドワード君、あなた大佐とお付き合いしているのかしら?」
 その問いかけがエドワードの頭の中に届くのには、少し時間がかかった。

 二人の間に無言の時間が流れて行く。
 そして、ホークアイは嘆息しながら。
「そう…、付き合ってるのね…」
 ホークアイがそう思ったのも無理は無い。
 質問した自分が恥かしくなるくらい、エドワードは顔を真っ赤にして俯いてしまったのだから。

「―――――― う…うん」
 小さく蚊の鳴く様な声での返事に、ホークアイは米神を押さえつつ、再度溜息を吐き出す。
「あの人も、本当に………」
 色々と派手な噂が多かった自分の上司が、どうした事かここ数年、
 えらく大人しくしていると思っていると、まさか自分が後見している人間に
 手を出していたとは――。とんだ醜聞だ。
 今のところ、感づいているのは自分位だろうが、この先どこから話が広がるか判ったもんじゃない。

 ―― こんな未来のある少年に、手を出すなんて…――

 ホークアイの目から見ても、エドワードは優秀な少年だ。
 最年少で国家錬金術師に受かったのを覗いても、気質も頭脳も、ずば抜けた行動力も
 全てが秀でている。
 
 が、彼は少女ではなく、少年なのだ。

 もしエドワードが少女なら、ホークアイとて呆れはするが、反対はしない。確かに歳の
 差は開いてはいるが、それに目を瞑っても良いくらい、エドワードの素晴らしさは
 際立っているのだから。
 逆に目が良いと褒めただろう。
 が、男の子では話が全然違ってくる。
 この先、どこまで広がるか判らないし。歳月が経てば経つほど、怪しむ人間は増えてくるだろう。

 ―― やはり計画を進めておいて、良かったわ ――

 そう思い浮かべると、ホークアイは心を鬼にして告げる。
「エドワード君。まさかそんな関係が続くとは思ってはいないでしょ?」
 その言葉に、エドワードははっと顔を上げる。
「大佐は、上に上り詰める人なのよ。そんな人間が、いつまでも独り身ではいられないの、
 判るでしょ?


 上に上がれば上がる程、社交の場に参加する機会も増えていくわ。
 そんな時に、夫を支え、皆と上手に付き合いをこなす妻の存在は重要なの。
 ――― エドワード君では、無理でしょ?」
 言葉は穏かだが、語られる内容は辛辣だ。
 そんな事は、エドワードだって考えた事は何度もある。
 そして、それが世間一般で考えられている正論だとも…解っている。

 でもその度に、自分達は話し合ってきた。
 付き合うことのメリットとデメリットを上げあえば、デメリットの方が遥かに多い。
 それでも、何とか乗り越していこうと…。
 独りなら無理な事でも、二人で支え合えば乗りこせると。

 そう信じて行こうと話してきた。
 
 それでも、こうして第三者から突きつけられると、思わず心が揺らぐ。

「エドワード君、酷なことを言うようだけど、大佐の事は諦めて頂戴。
 あの人には叶えなければならない夢があるの。私達はそれを支えに、皆で付き従ってきた。
 それを私情のことで、潰すわけにはいかないわ」
 
 ―― 解っている。
     そんな事は、他人に言われなくてもエドワード自身が一番判っている事なのだ。
 けど…、あいつは言ったんだ。
 二人で乗りこして行こうと………――

 黙り込んだエドワードの様子に、ホークアイは音を立てずに嘆息すると、ついっと手に
 持った封筒を差し出す。
 思わず目をやったエドワードに、ホークアイが説明する。

「大佐からよ…」
 その言葉に、驚いたように目を瞠って見つめると、確かにロイのサインが入っている。
「中には列車の切符が入っているわ」
「…切符?」
 訝しそうなエドワードに、ホークアイは尚も話す。
「ええ、セントラル行きの、本日19時発のね」
 その返しに、エドワードは愕然とした表情でホークアイを見つめる。
「意味は判るわね?」
 辛そうなホークアイの言葉に、エドワードは下ろした手を握り締め、俯いて唇を噛み締める。
 黙りこんだまま、頑なに手紙を受け取ろうとしないエドワードに、ホークアイは
 持たせるようにと手に触れる。
 パシリと音が鳴るほどの勢いで、エドワードは手を弾くと、首を横に振って
 ホークアイの話を否定しようとする。
「そんなわけがない! さっきだって、楽しみにしているって…。
 逢えるのが楽しみだって…!」
 悲痛な声でエドワードが言い募るのを、ホークアイは痛々しそうな視線を
 向け聞いている。そして…。
「エドワード君。大佐は今日、将軍のお嬢様とお見合いがあるのよ」
 と、エドワードを突き落とすような事を知らせた。






「どうすっかな…」
 とぼとぼと疲れた気持ちで足を運ぶ。
 ホークアイの話は衝撃過ぎて、エドワードが茫然としている間に、ホークアイは
 エドワードに手紙を渡して、去っていた。
 エドワードはやりきれない気持ちを抱えて、司令部から飛び立つようにして出てきたのだ。
 空を見上げてみれば、まるでエドワードの気持ちを顕したように、どんよりと曇っている。
「何だよ…天気まで、俺らの計画にケチ付ける気か…」
 悪態も力が無い。

 エドワードは入り込んでいた小さな公園の芝生の上に転がった。
 今日は夕方待ち合わせしたら、まずはその足で食事に行く事になっていた。
 で、美味しい物をたらふく食べたら、次は腹ごなしに散歩して、星を見ようと、
 ロイが言っていたのだ…。
「あいつ…、妙にロマンチストだからなぁ」
 乾いた笑いが、エドワードの口元に刻まれる。
 
「―― どうすっかな…俺」
 泣きたくなりそうな気持ちを抱えたまま、エドワードはもう一度呟いたのだった…。


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